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東京地方裁判所 昭和62年(ワ)12470号 判決 1989年5月30日

原告

南川三治郎

右訴訟代理人弁護士

槙枝一臣

高橋一嘉

被告

株式会社毎日新聞社

右代表者代表取締役

渡辺襄

右訴訟代理人弁護士

河村貢

河村卓哉

豊泉貫太郎

岡野谷知広

三木浩一

主文

一  被告は、原告に対し、金二一六万円を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、これを三分し、その一を被告の、その余を原告の各負担とする。

四  この判決は、原告勝訴部分について仮に執行することができる。

事実

(請求の趣旨)

一  被告は、原告に対し、金七一六万円を支払え。

二  訴訟費用は、被告の負担とする。

三  仮執行の宣言

(請求の趣旨に対する答弁)

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は、原告の負担とする。

(請求の原因)

一  原告は、昭和六一年九月八日、被告の発行する週刊誌「サンデー毎日」の編集長小川悟(小川編集長)と、左記のとおり約した。

1  原告は、ヨーロッパ各国の貴族令嬢のインタビュー取材に基づき、同誌同年一〇月五日号から、「世界のお嬢様」と題する巻頭グラビアシリーズ(各号三頁)に、原告撮影の写真と原告執筆に係る文によって原稿を作成して寄稿し、被告は、これを掲載する。

2  被告は、原告に対し、原稿料一回分について金二四万円(一頁八万円)を一か月分ずつまとめて原告に支払う。

3  原告は、掲載誌の発売日の四週間前までに原稿を入稿する。

4  当面半年(二四回)掲載とし、場合によっては一年間続行もありうる。

二  原告は文章及び写真の原稿一九回分を約定の期限までに被告に引き渡し、原告の文章及び写真は、第一五回(昭和六二年二月八日号)まで掲載されたものの、それをもって掲載が打ち切られた。

三  原告は、昭和六二年二月六日、小川編集長より掲載を中止した旨の通知を受けたところ、右当時既に五回分の録音取材及び写真撮影を終え、文章原稿の完成を残すのみとなっていたが、右中止のため、原稿の完成は、もはや社会通念上無意味となった。

四  掲載中止によって、原告は、自己の作品を発表する機会を奪われ、取材相手との信頼関係を前提とする将来の取材活動に大きな損失を受けるなどの著しい精神的苦痛を被った。

五  よって、原告は、被告に対し、右引渡済みの原稿四回分の報酬金九六万円(一回二四万円)、被告の責めに帰すべき事由によって原告の債務の履行(原稿の完成)が無意味となった五回分の報酬金一二〇万円(同前)及び前項の精神的損害のための慰藉料金五〇〇万円計金七一六万円の支払を求める。

(請求原因に対する認否)

一  請求原因記載一の事実中、被告が掲載する旨約したこと及び掲載回数を二四回と合意したとの点は否認するが、その余は認める。

原告・被告間の契約は、掲載期間、回数を定めず、被告において毎回掲載を決定し、いつでも打ち切ることができたものである。殊に、出版社は、出版する自由、掲載する自由を有するとともに、掲載を強制されない自由を有し、国民に対する知らせる義務を履行するためには出版社の自主的な判断が尊重されるべく、出版社の編集権は憲法上の要請をも得て高く評価されるべきである。

また、週刊誌業界において掲載期間、回数を定めないで掲載を開始したときは、一般に掲載期間、回数は一クール(一三回)程度すなわち三か月である。

二  同二の事実中、被告が一五回分の写真及び文章の原稿の引渡しを受けたこと及び第一五回をもって掲載が終了したことは認めるが、その余は否認する。

三  同三の事実中、小川編集長が掲載中止の通知をしたことは認め、原告がその主張の取材等を終えたことは知らない。

四  同四記載事実は、否認する。

(抗弁)

一  原告は、昭和六二年二月一六日、小川編集長との面会の際、被告の掲載打切りを了解し、これに同意した。

二  原告と被告の間の契約は、昭和六二年二月六日、小川編集長の原告に対する掲載打切りの通知によって終了した。すなわち、本件掲載は、当時の「お嬢様ブーム」ないし「令嬢ブーム」の世において、本当の令嬢がどのようなものであるかを主眼として掲載を予定したものである。したがって、被写体は、「お嬢様」という言葉から当然予想されるような「上品、清楚、無垢、高貴」の若い女性であることが要求されるし、小川編集長も原告にその趣旨の要求をした。原告から提供された写真は、気品、高貴さに欠け、到底「お嬢様」と評するに適しないもので、掲載当初から評判が悪かった。被告の要求し、また「令嬢」という言葉から客観的に要求される写真を原告が提供しなかったため、被告は、仕事の目的物に瑕疵があるものとして契約を解除(告知)したものである。

(抗弁に対する認否)

抗弁記載事実中、掲載打切りの通知は認めるが、その余は、否認する。

(証拠)

本件記録中の書証目録及び証人等目録の記載を引用する。

理由

一昭和六一年九月八日、原告と被告の発行する週刊誌「サンデー毎日」の小川編集長が、① 原告がヨーロッパ各国の貴族令嬢のインタビュー取材に基づいて同誌同年一〇月五日号から「世界のお嬢様」と題する巻頭グラビアシリーズ(各号三頁)に原告撮影の写真と原告執筆の文章の原稿を寄稿する、② 原稿料は一回分金二四万円(一頁八万円、三頁分)とする、③ 原告は掲載誌の発売日の四週間前までに原稿を入稿する、旨の合意をしたことは当事者間に争いがなく、被告が右寄稿を右週刊誌に掲載する旨約したことが認められる(原告本人尋問の結果)。これによれば、右契約は、原告が写真及び文章の原稿を完成して被告に寄稿し(原告の義務はこれにより終了する。)、被告がこれを右週刊誌に掲載して寄稿に対する報酬を支払うことを内容とする、有償の請負に類似した契約であると解される(原告の事実主張を右のように解しても、民事訴訟法一八六条違反の問題を生ずる余地はない。)。

当面半年(二四回)掲載とする旨約したとの原告の主張は、原告本人尋問の結果によっても、要旨、小川編集長はとりあえず半年は考えよう、うまく行けば一年も考えようと述べた、というものであり、証人小川悟の証言(以下「小川証言」)も、格別趣旨を異にするものとは解されない。また、週刊誌は、新聞に比べて読者の固定度が低く、個々の誌面の魅力で売れ行きが左右されるもので、巻頭グラビアは誌面の魅力を左右する重要な役割を担うものである(小川証言、証人酒井啓輔の証言(以下「酒井証言」)及び弁論の全趣旨)。

週刊誌のこのような特質を考慮に入れて小川証言を解釈すると、原告・被告間の契約は、内容、評判にかかわりなく、原告提供の写真及び文章の原稿を巻頭グラビアに二四回掲載することまで合意されたものと解することはできず、掲載期間、回数については明確な定めがされなかったものというほかない。

二しかしながら、原告の寄稿が巻頭グラビア「シリーズ」としての掲載が予定され、原稿は発売日の四週前に入稿する旨約されていたという前認定の事実に照らすと、原告の原稿は、ある程度の期間の掲載が予定されていたものと解され、連載を開始したものの「サンデー毎日」編集部において内容、評判の故に掲載中止を相当とすると判断したものについては、寄稿者の了解を得、小説等では寄稿者自らに結末をつけさせた上、掲載を中止する取扱いをしている(酒井証言)事実に照らすと、被告において、毎回掲載を決定し、又はいつでも掲載を取りやめることができたものと解することはできない。

被告は、出版に関する憲法上の自由権を基礎に、掲載の中止を被告が一方的に決定できるかのような主張をするが、右自由権は、当事者が任意に締結した契約を理由もなく破棄する根拠となりうるものではないことは明らかである。

被告は、また、原告と被告間の契約において掲載期間、回数を一クール(一三回)とする旨の定めがされたかのように主張するが、掲載期間、回数について定めがなかったものと解すべきことは既に判断したとおりである。

三被告は、原告と被告間の契約が昭和六二年二月一六日の合意により終了したと主張する。右主張に関する小川証言及び酒井証言は、小川編集長から原告に評判が悪いのでやめさせてもらった旨を伝え、原告は評判が悪いのではしょうがない旨を述べたというもので、原告本人尋問の結果もほぼ同旨である。しかしながら、これをもって原告と被告が掲載中止の合意をしたものとまで認めるには足りず、他にこれを認定するに足りる証拠はない。この点に関する被告の抗弁は、理由がない。

四次に、被告は、原告の提供した写真原稿の被写体が「お嬢様」という言葉から当然予想されるような「上品、清楚、無垢、高貴」の若い女性ではなく、到底「お嬢様」と評するに適しないことを理由に解除を主張する。しかしながら、「上品、清楚、無垢、高貴」というも、結局は、主観的な評価にかかることであり、一定の基準に従って原告の提供した原稿が目的を達し得るかどうかを判定することはできない。被告のサンデー毎日編集部内において第二回掲載分の被写体に対する批判が強かったことが認められる(小川証言)が、これについても同編集部の検討を経て掲載が決定されていること、第一五回までの掲載中、その余のものについて具体的な批判はないこと(同証言)に照らすと、原告による原稿の提供は債務の本旨に従ったものと認めるほかなく、掲載中止について原告に責めに帰すべき事由があると認めることはできない。

五原告の寄稿した写真及び文章の原稿は第一五回(昭和六二年二月八日号)まで掲載されて以後掲載が打ち切られ、昭和六二年二月六日、小川編集長から原告に掲載を中止した旨の通知がされた(当事者間に争いがない。)が、右通知当時、原告は、写真及び文章の原稿一九回分を約定の期限までに被告に引き渡し、右のほかに、既に少なくとも五回分の取材をして写真の撮影を終えていた(原告本人尋問の結果及びこれにより成立を認める甲第一六号証)。

右認定事実によれば、原告は、右通知当時既に四回分の債務を履行しており、右提供した原稿の掲載の有無にかかわりなく、これに対する報酬請求権を取得するものと解するのが相当であり、以後五回分の取材をして写真の撮影を終えた分については、原告の債務不履行を主張する被告がこれを受領して掲載する意思のないことは明らかであるから、被告の責めに帰すべき事由によって文章の原稿を完成するなどして原告が債務を履行することが不能となったもので、原告は、反対給付である報酬請求権を失わないものと解すべきである。右報酬が一回二四万円であることは既に認定したとおりであるから、原告は、右九回分計二一六万円の報酬請求権を取得した。

原告は被告の掲載中止によって被った精神的苦痛に対する慰藉料を請求するが、被告による掲載中止は、被告の債務不履行に外ならないところ、本件において、これを理由として被告に慰藉料を支払わせるのを相当とする事情は見当たらず、原告の請求は、失当である。

六よって、原告の請求は、金二一六万円の支払を求める限度において理由があり、正当として認容すべきであるが、その余は理由がなく、失当として棄却し、訴訟費用の負担について民事訴訟法九二条本文、八九条、仮執行の宣言について同法一九六条を各適用し、主文のとおり、判決する。

(裁判官江見弘武)

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